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大阪高等裁判所 昭和23年(上)64号 判決 1948年6月24日

上告人 被告人 瀧口萬太郎

辯護人 中村喜一

檢察官 森山良關與

主文

本件上告はこれを棄却する。

理由

辯護人中村喜一の上告論旨は、末尾添付の上告趣意書記載のとおりであつてこれに對して、當裁判所は次のように判斷をする。

第一點について

原判決はその證據の一つとして、第一審第二囘公判調書中の證人池知三郎の供述記載を論旨摘示の如く引用しているが、この供述を右調書によつて、調ぺて見ると、その内容は又論旨摘示の如くであることは、所論のとおりである。

もとより原判決引用の「云々見セテ貰ツタ」と右調書記載の「云々見セテ貰ツタ様ニ記憶スル」又は「云々見タト記憶シテ居リマス」とは文字どおり同一ではないけれども、本來證人は自己の實験した過去の事實を供述するものであるから、その供述は記憶に基ずくの外はないといわねばならぬ。從つて「見セテ貰ツタ」というのは、見せて貰つたことを記憶しているという意味に歸し、延いては右調書記載の文言と略々同一の趣旨なりというに妨げなく、到底兩者の間に所論のような差異のあるものというを得ない。だから原審が右池知の證言を誤解したという論旨は理由がない。

第二點について

原判決が所論證明書をその證據に引用していること、右證明書は全部英文で記載せられていることは記録中の原判決原本及び右證明書に照して明かである。

よつて、右證明書について適法な證據調がなされたか否かを案ずるに、昭和二十三年三月十三日付原審公判調書によれば、右證明書の證據調として裁判長は、被告人に對してその内容を日本語を以つて読聞けたことを認めることができる。

しかして、刑事訴訟法第二百三十四條は、國語にあらざる文字は、これを翻譯せしめることができる旨規定しているから、右證明書の如きも必要な場合には翻譯せしめ得ることはもちろんであるけれども、裁判所において右證明書の英文を解するときは、これが證據調として、自らこれを翻譯した上、被告人に読み聞けるを以て足るものと解すべきである。

けだし、翻譯はその本質上鑑定に屬するものであつて(同法第二百三十六條參照)ひとしく裁判所の知識を補充する性質を有するものであるから、裁判所自身その必要な知識を有するにおいては敢えて他人をして翻譯せしめるを要しないからである。

然らは原審は前示證明書について、適法な證據調を履踐したものであつて論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第四百四十六條に從い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 荻野益三郎 判事 大野美稻 判事 服部光文)

辯護人中村喜一上告趣意

第一點原判決ハ被告人ニ對シ郵便法違反ノ事實ヲ認定スルニ際リ第一審第二囘公判ニ於ケル證人池知三郎ノ供述ヲ援用シテ居ル其ノ判示トシテ原審第囘公判調書中證人池知三郎ノ供述トシテ「昭和二十二年一月頃瀧口カラ内務省事務官玉置實ニ宛テタ舊軍用品拂下斡旋ヲ依頼スル手紙ノ中ニ現金千圓ガ同封シテアツタコトガ進駐軍ニヨツテ発見セラレ府警察部ニ通報サレタノデ當時同部ニ勤務シテ居タ自分ハ本件被告人ノ檢擧取調ニ際リマヅ大阪中央郵便局ニアル進駐軍第二地区檢閲事務局デ右ノ手紙及ビ同封シテアツタトイフ千圓札一枚ヲ見セテ貰ツタ旨ノ記載」ヲ援用シタト云フノデアル依テ第一審第二囘公判調書ヲ閲スルニ證人池知ノ證言トシテ「秋ハ證據トシテ實際ニ其ノ手紙ヲ見セテ貰ヒタイト頼ミマシタ處パテンキビツト曹長ガ私ヲ連レテ中央郵便局ニアルCCD(第二地區進駐軍檢閲事務局)ヘ連レテ行キ現物ヲ見セテ貰ヒマシタソノ際入レテアツタトイフ千圓札ヲモ見セテ貰ツタ様ニ記憶シテ居リマス確カ側ニ居タ黒人兵士モ手ニ取ツテ夫レヲ見テ居リ私モ夫レヲ見タト記憶シテ居リマス」トアツテ原審判示ノ如ク「見セテ貰ツタ」ト云フ確定的ノ供述デハナイ凡ソ「見セテ貰ツタ様ニ記憶シテ居リマス」又ハ「確カ云々……私モ夫レヲ見タト記憶シテ居リマス」ト云フノト「見セテ貰ツタ」ト云フノトデハ觀念上非常ナ相違ガアル即チ「見セテ貰ツタ」ト云フノハ確定シタ觀念デアルガ「見セテ貰ツタ様ニ記憶シテ居ル」ト云フノハ確定シタ觀念ノ表現デハナイ換言セバ證人池知ノ證言ハ原審ガ解釋スル様ニ「見セテ貰ツタ」ト云フ確定シタ意味ノモノナク「見セテ貰ツタ様ニ覺ヘテ居ル」ト云フ稍々不確實ナ意味ノモノデアル然ルニ原審ハ前叙ノ如ク斯カル不確實ナル池知ノ證言ヲ過大ニ評價シ「見セテ貰ツタ」ト斷定的供述ヲシタモノト誤解シテ斷罪ノ資料ニ供シタ違法ガアル依テ之ガ破毀ヲ免レナイモノデアル

第二點原判決ハ被告人ニ對スル犯罪事實ヲ認定スルニ際リ「進駐軍第二地區民間檢閲事務局地區郵便檢閲官テイ、ケイ、チヤーマス作成ノ證明書」ヲ援用シテ居ル併シ此ノ證明書ハ英文デ記載シテアルカラ語學ノ素養ノ無イ被告人ニハ之ヲ其ノ儘示サレテモ之ヲ読聞カセラレテモ其ノ意味ハ皆目判ラナイ隨ツテ斯ル外國語ヲ以テ作成セラレタ書面ノ内容ガ犯罪事實ヲ證明スル資料ト爲ル場合ニハ必ズ之ヲ翻譯シテ其ノ趣旨ヲ十分被告人ニ会得セシメタ上之ガ辯明ナリ反證ナリヲ提出セシメネバナラナイ換言セバ外國語デ記載セラレタ書證ハ必ズ邦語ニ翻譯セシメタ上證據調ヲシナクテハ適法ナ證據調ト云フコトハ出來ナイ然ルニ原審ニ於ケル右證明書ノ證據調ヲ觀ルニ其ノ或部分ヲ読聞ケタト云フコトハアルガ之ヲ翻譯シテ證據調ヲシタト云フ事實ハナイ夫レデハ語學ノ判ラナイ被告ハ意見辯解モ爲シ得ヌノガ當然デアル即チ原審ノ爲シタ右證明書ノ證據調ハ違法デアル斯カル違法ノ證據調ハ之ヲ爲サザルニ等シイカラ原審ハ證據調ヲ經ナイ證據ヲ斷罪ノ資料ニ供シタ違法ガアル依テ之ガ破毀ヲ免レナイモノデアル

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